09 指導者・教育者として

上に立つ者はどのように振る舞うべきかをよくわきまえた指導者、教育者であった。

耳川の戦いでの戒め

九州攻めの日向耳川での島津軍との戦いでは長政が陣頭に立って戦い、不案内な敵地で少人数にて敵の大軍を追い帰し勝利し、これを官兵衛が遠方の山の上から諸将とともに観戦していた。戦いが終わった後、家臣が本日の勝利は長政様の大手柄であると報告した時、官兵衛は「汝らは軍法を知らないからそのように思うのだ」と言い、次のように諭した。「大将は兵をよく指揮するのが役目である。大将が葉武者のように自分一人の働きを好むのはただ血気にはやっているだけで、大将が取るべき方法ではない。大将が兵より先に進んだら、後に続く兵は誰が指揮するのか。また、大将が軽々しく先駆けして敵に見つかったら敵は大将一人をめがけて打ち取りに来るであろう。これは大将の自覚不足である」と。長政は確かに名将であるが、余りにも勇気があり過ぎ、敵に相対するといつも兵を差し置いて先駆けをしようとするのでこのように戒め、勝ち戦の中でも反省点を見出して実戦の中で教育した。

城井谷城攻めでの戒め

城井谷城に立て籠った宇都宮鎮房に対して、この城は地形急峻な要害の地にあり、容易に攻め落とすことは困難と考えた官兵衛は時を待つべきと考え、長政に早急な城攻めを許さなかった。長政はこれをこらえきれず、2千人余りの兵を指揮して城井谷の居城の近くまで攻めのぼった。敵はわざと抵抗せず逃げ散ったので、長政は追いかけて逃げ遅れた敵を少々打ち取ったが、敵は逃げながら道筋に引きこもり、藪に隠れた者もあった。長政は一段落して周囲の状況を見ると、山が高く谷も深く進退が自由にならないところに来ていたので、敵を討つことも不可能で一旦引き下がることを決意したが、帰り道で敵の猛攻撃を受け、命からがら馬が獄の居城に逃げ帰った。官兵衛はこれを聞き、「今日の敗北は若い者が功名心に駆られて我先に敵を深追いしたためである。逃げていく弱い敵には用心して初めの勝ちで止めて戦いをやめるのがよい。勝ちすぎると禍のものになる。今後よく覚悟するように」と戒めた。官兵衛はこのような作戦で敵を倒したことがあったので、なおのこと長政がこのように敵の思うつぼにはまったことが残念に思えたに違いない。

民を大切にする政治

「如水遺事」の冒頭に「神の罰より主君の罰おそるべし、主君の罰より臣下百姓の罰おそるべし」との言葉がある。神の罰は祈れば許してもらえる。主君の罰も詫びれば許してもらえる。しかし、臣下や百姓に疎まれると決して許してもらえないから、臣下、領民を最も大切に思わなければならない、「民こそ国の基」という教えである。現代の民主主義にも通ずる考え方で、このような官兵衛は家臣、領民から慕われていた。

家臣団の統率

「黒田家譜」には「わざと我が身に威をこしらへてつけんとするは、却って大なる害になるもの也」との発言が記録されている。家臣を統率する上では威が必要であるが、わざと威をこしらえ、威を振りかざすようなことをすると却って害になると説いている。

また、「人には気の合う相手とそうでない者がいる。だから、相性だけで家臣のひいきをしてはならない」とも言っており、家臣団の統率に気を配っていたことがうかがえる。

家臣への故意の暴言

官兵衛が重病に陥った時、これまで家臣に優しく接していた態度を翻し、見舞いに来る家臣に対して所構わず悪口を言い言葉汚く罵った。家臣たちは官兵衛が乱心したと大騒ぎになったが、長政が枕元に来ると「これはお前のためである。わしが家臣に疎まれると家臣は早くお前の代になってほしいと願うであろう。これはそう思わせるための芝居である」と長政の耳元で囁いたので長政も納得した。官兵衛が長政を思う気持はこのように強かった。

形見の草履と下駄

官兵衛は長政に形見の品として草履と下駄を片方ずつと粗末な漆椀を与えた。いぶかしく思った長政が尋ねると、官兵衛は「戦で急に出陣することになった時、草履と下駄をちぐはぐに履いてでも直ちに出向かなければ勝機を逃すことになる。漆椀は使い古しているが、飯を盛るには十分である。食を満たすことが重要で、質素倹約に励み、食が足りれば兵はお前の言うことを聞くものだ」と答えた。(常山紀談)官兵衛のこのような教えは長政以後も黒田藩に伝わり、藩士は質素倹約を尊ぶ気風を持ち続け、命があればすぐに出陣できる準備を怠らなかったと言われる。

「合子の兜」と栗山利安

官兵衛は自分の死期を悟った時、長政と栗山利安を枕元に呼び、利安を自分の親代わりに指名し、結婚祝いに妻幸圓の父櫛橋伊定から贈られた「合子の兜」を利安に与えた。本来は長政に譲るべき家宝であるが、今後は利安を親と心得、利安の忠告をよく聞くようにとの意味が込められていた。利安に全幅の信頼を寄せ、長政への深い愛情が感じられる逸話である。

水五訓

官兵衛の教えとされるものに以下の「水五訓」がある。

一.自ら活動して他を動かしむるは水なり
二.常に己の進路を求めてやまざるは水なり
三.障害に逢ひて激しくその勢力を百倍しうるは水なり
四.自ら潔うして他の汚濁を洗い清濁合せ容るるの量あるは水なり
五.洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり
雪と変じ霰(あられ)と化し凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)
たる鏡となり而も其性を失はざるは水なり

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